Works

目録

公開作品 31 本

ここでは作品をカードとして並べるのではなく、目録として静かに積み上げていきます。 文章の長さや形式が違っても、すべて同じ棚に収めます。

Catalogue

公開作品

2026
01

食べる顔

2026年6月16日 短編 題噺

夜の蒲田の立ち食いそば屋で、向かいの男がうどんをすすっている。その顔を見ていると、わけもなくわびしくなる。人の食べる姿はなぜわびしいのか。考えていて、ひとつ気づいた。私だけが、私の食べる顔を、一生見られない。

02

警報の出た日に

2026年6月14日 短編 題噺

大雨警報が出て、世間じゅうが家にいなさいと言う。けれど仕事を辞めてから、家こそがいちばん肩身の狭い場所になっていた。誰もいない川越の商店街で、開いていたのは純喫茶モガだけだった。

03

雨の稽古

2026年6月13日 短編 題噺

梅雨のあいだ、宵になると公民館の二階で太鼓の稽古がある。叩いているのは若い連中だ。雨で本祭りが流れるかどうかは、まだ誰にも分からない。それでも音は、止む気配の練習だけは、決してしない。

04

百円の黒歴史

2026年6月12日 短編 題噺

百円の箱で見つけた八センチのCD。歌っているのは、いまは敬われているあの歌手の、本人が消した三年間だ。黒歴史は本人のものだと私たちは思っているが、有名になった人の過去だけは、そうではない。

05

子守唄の国

2026年6月11日 短編 題噺

祖母が歌っていた子守唄は、どこの国の言葉でもなかった。辞書にも地図にもない。けれど遠い町で、見知らぬ人が同じ唄を同じ音で歌っていた。話す者がいなくなった言葉は、唄のなかにだけ、変わらない国として残っていた。

06

星をつけて、お切りください

2026年6月11日 短編 題噺

サポートセンターに自動翻訳が入って、私は知らない言葉で見知らぬ人をなだめるようになった。応答は速くなり、顧客満足度は最高を更新した。通じるという言葉の意味が、いつのまにか入れ替わっていた。

07

変わらない歌

2026年6月11日 短編 題噺

風呂屋帰りの路地で聞いた、知らない言葉の歌。三十年ちかく経って戻った町で、同じ声が同じ高さから降ってきた。言葉は古びてすげ替えられていくのに、意味を運ばない歌だけが、すり減らずに残っている。

08

売れない蓄音機

2026年6月10日 短編 題噺

古い道具を商っていると、七年売れない品がひとつくらいはある。宵ごとの嘆きを聞いていたのは、帳場の奥のラッパ式蓄音機だった。値札を外した朝から、店の風通しが少しだけ変わった。

09

押されない側

2026年5月5日 短編

駅で肩を押された夕方、怒りを力に変えようとして気づく。押されない人たちは押し返す訓練をしていない。彼らの背中の周りには、押すとこちらが崩れそうな密度が、うっすらある。

10

借りられた通り

2026年5月4日 短編

ゴールデンウィークの通りに、見慣れない人たちの歩き方が混じる。光だけ見れば祝日の景色なのに、明るさの裏で、街は住人から少しだけ貸し出されている。

11

怒りポイント制度

2026年5月3日 短編

不義をポイントに変えて鉄槌を下ろし続けるための、私だけの帳簿。けれどノートが厚くなるほど、点数化された怒りのほうが、私のまなざしを少しずつ調整しはじめる。

12

白い時計の跡

2026年4月29日 短編

走り終えて時計を外すと、手首だけが焼けずに白く残っている。覚えのない境目が、もう一本、自分の腕に引かれている。

13

道幅より広く

2026年4月15日 短編

強い雨の日、島から人影は消え、道には容赦ないレンタカーばかりが目につく。それでも小さな島であるほど、心のほうは狭くしたくないと思う。

14

足もとの灯

2026年4月14日 短編

生きていたって、そういいことはないと思う夜がある。それでも歩いてきたのは、いつか同じ顔をした誰かの足もとを照らすためかもしれない。

15

鏡の返事

2026年4月14日 短編

鏡を見るたびに、私は向こうの顔へ同じことをたずねるようになった。おまえは誰だと思う、と。

16

涼しさのあと

2026年4月13日 短編

エアコンは年々やさしく賢くなっていく。その快適さの裏で、人の身体のほうが少しずつ失っているものがある気がする。

17

湿った待ち時間

2026年4月12日 短編

湿度の高い島では、台風の前触れにも少し慣れている。けれど家の中に閉じる時間だけは、いつも別の長さで進んでいく。

18

赤く咲くもの

2026年4月11日 短編

花火の赤はきれいなのに、爆弾の赤さを思うと、同じ破裂の中に別の咲き方が潜んでいるように見えてくる。

19

季節が先へ行く

2026年4月11日 短編

春のはずなのに、海沿いを走ると風だけがもう初夏の顔をしている。身体より先に、季節のほうが走っていってしまう。

20

目がさめる前の品物

2026年4月10日 短編

年をとるにつれて欲しいものは減ったはずなのに、夜明け前だけ、名前のない品物がひとつだけはっきり近づいてくる。

21

取得中のまま

2026年4月9日 短編

終わらないデータ取得の画面を見ながら、待っているだけの時間だけが先に進んでいく。

22

芝浜の声

2026年4月9日 短編

女性落語家である私は、怖い家元の前で芝浜を上げることになった。けれど、いちばん離れがたいのは、もういない落語家の父の声だった。

23

家へ戻るまで

2026年4月8日 短編

家で待っている家族がいるとわかっているからこそ、バスツアーの帰り道には少しだけ一人になれる時間がある。

24

赤のあいだ

2026年4月8日 短編

車の列の中で、変わらない他人に腹を立てていたはずなのに、気がつくと自分も少しも進んでいなかった。

25

最後に鳴る和音

2026年4月7日 短編

雨の夜、酒を少し飲みながらアコギを触っていたら、最後にまだ押さえられない和音だけが鳴った。

26

消え残る音

2026年4月7日 短編

静かな部屋でノイズキャンセリングを入れたときだけ、ひとつ気になる音がはっきり聞こえる。

27

雨ざらしの洗濯機

2026年4月7日 短編

屋外に置いた洗濯機がとうとう壊れたが、すぐには片づける気になれなかった。

28

変わらない幅

2026年4月7日 短編

海岸沿いを走るたび、同じおじさんを見かける。自転車に乗っても、走っていても、なぜかその体つきだけが少しも変わらない。

29

三枚目だけ暗い

2026年4月7日 短編

帰り道に撮った三枚の写真のうち、最後の一枚だけが妙に暗かった。

30

最初の信号

2026年4月6日 散文

De:CORE SELECT の起点として置く、ごく短い散文。

31

遅れてくる字幕

2026年4月6日 短編

自動翻訳の字幕が、ほんの少しだけ現実から遅れて追いかけてくる。