「会長、今年は中止ですかね」

そう訊いてきたのは、稽古の休みに煙草を吸いに降りてきた、修平のところの長男だった。二十歳そこそこで、撥を握ると人が変わるが、こうして軒下に立っていると、まだ子どもの顔が残っている。私は浅羽神社の祭礼の、ただの世話役にすぎないが、町内ではいつのまにか「会長」で通っている。

「神主さんが決めることだ。わしじゃない」

「でも、この雨でしょう。先週も先々週も降りっぱなしだ」

軒の先から、雨が筋になって落ちている。六月の雨は、夕立のように一気には来ない。糸のように細く、しつこく、何日でも降る。境内の幟も、もう三日も濡れたままだ。

二階からは、太鼓の音が降りてくる。

宵のうちの、いちばん蒸す時間である。公民館の二階の窓は開け放してあって、稽古の音が、雨の音にかぶさって往来へ流れていく。ドン、ドン、と地を打つ大太鼓に、締太鼓のカッカッという小気味のいい刻みがからむ。叩いているのは、みんな若い連中だ。修平の長男、酒屋の娘、それから今年から入った、名前をまだ覚えていない高校生が二人。

私は煙草の火を分けてやりながら、訊いた。

「お前、雨で中止になったら、困るか」

長男は、少し考えてから言った。

「困るっていうか……もったいないですよ。せっかく、ここまで合わせたのに」

その言い方が、おかしかった。困る、ではなく、もったいない。本番のために稽古しているはずなのに、いつのまにか、稽古そのものが惜しくなっている。

「もったいない、か」

「変ですか」

「いや」と私は言った。「わしも、若いころは、そうだった」

雨は止まない。本祭りが立つかどうかは、ほんとうのところ、まだ誰にも分からない。神社の名で順延の札が回るのか、それとも、町内の半分が傘をさして神輿を担ぐことになるのか。空模様は、こちらの都合をまるで聞いてくれない。

それでも、二階の音は、止む気配の練習だけは、決してしないのだった。

考えてみれば、おかしな話である。雨で流れるかもしれない祭りのために、若い者は、毎晩、宵のうちに集まってくる。流れたら無駄になる稽古を、無駄になるかもしれないと知りながら、ドン、ドン、と打ち続ける。打てば打つほど、惜しくなる。惜しくなればなるほど、また打ちに来る。

私は長い世話役のあいだに、この町の祭りが流れた年を、二度だけ覚えている。一度は台風で、一度は、ずっと昔の、不幸があった年だ。どちらの年も、稽古はぎりぎりまで続いた。神輿は出なかったが、稽古の音は、本番のない宵を、最後まで町に響かせていた。あのとき打っていた子どもらは、いまはもう、自分の子を稽古にやる年になっている。

つまり、祭りというのは、本番の一日のことだと、私は長いあいだ思っていた。神輿が出て、屋台が並んで、町じゅうが浮かれる、あの一日のことだと。

そうではないのかもしれない、と思いはじめたのは、ここ何年かのことだ。本番は、たしかに祭りの頂きではある。けれど、頂きだけでは山にならない。この梅雨の、流れるかもしれない宵に、若い連中が雨の音と競うように太鼓を打っている、この惜しさの積もりかたの全部が、祭りなのではないか。

「会長、そろそろ戻ります」

長男は煙草を消して、階段のほうへ向かった。雨に濡れた木の段が、上りの足で軋む。

二階で、ひと呼吸おいて、また音が立った。さっきより、揃っている。締太鼓の刻みが、大太鼓の腹にぴたりと乗って、雨の糸を断つように往来へ抜けていく。

私は軒下に残って、その音を聞いていた。傘はささない。濡れて帰ることになるが、いまここを動くのは惜しい。空の暗がりのどこかで、明日の天気が決まりかけている。決まるまでは、二階の音だけが、この町でいちばん確かなものだった。