「こんな日に、どこ行くの」

妻は画面から目を離さずに言った。在宅の仕事の途中で、肩にはまだ会議用の細いマイクがかかっている。私は玄関で、もう片方の靴の紐を結んでいた。

「ちょっと、本でも返してくる」

「図書館、今日は臨時休館だって。さっき市のメールが来てた」

知っていた。けれど私は、知らなかったふりをして、傘を立てかけてある所まで行った。「じゃあ、開いてるとこ探すよ」と言うと、妻はようやく顔を上げて、私を見た。何か言いかけて、やめた。やめてくれたことが、いちばんこたえた。

外は、大雨警報が出ていた。

防災無線が、川の名前を読み上げている。新河岸川の水位が、なんとか、避難の、と切れぎれに聞こえる。空はひと色に重く、雨は、降るというより、空気そのものが下りてくるようだった。傘はほとんど役に立たない。膝から下は、家を出て三分で、ぐっしょりになった。

それでも、家にいるよりはましだった。

仕事を辞めて、半年になる。辞めたというより、続けられなくなった、というほうが近い。次を探している、ということに、いちおうはなっている。求人を見て、書類を出して、たまに面接に行く。けれど一日の大半は、家にいる。働いている妻のとなりで、働いていない私が、一日じゅう家にいる。それがどういうことか、やってみるまで、私は分かっていなかった。

家というのは、休む場所だと思っていた。

ところが、片方が働き、片方が働いていないと、家は、いつのまにか職場の延長になる。妻が会議をしていれば、私は足音を立てられない。昼に台所で湯を沸かすだけで、自分が、なにか申し訳のないことをしている気になる。冷蔵庫を開ける時間まで、うかがうようになる。誰に責められたわけでもない。妻は一度も、私を責めなかった。責められないことが、いちばん肩身が狭い。

だから、警報の出た日は、皮肉なことに、いい口実だった。

世間じゅうが「危ないから家にいなさい」と言う。学校は休みになり、電車は止まり、店は早じまいする。みんなが、家にいることを、正しいことだと言ってくれる。その日にかぎって、私は、家を出る理由を探していた。安全な場所に留まれと、世界じゅうが言っている日に、留まることが、私にはいちばんこわかった。

川越の駅前の商店街は、シャッターばかりが続いていた。

人影は、まるでない。アーケードの屋根を、雨が太鼓のように叩いている。本屋も、喫茶のチェーン店も、軒並み閉まっている。私はあてもなく歩いて、横丁に折れたところで、一軒だけ、灯りのついた窓を見つけた。

「純喫茶モガ」という、すりガラスの戸の店だった。

押すと、乾いた鈴が鳴った。中は煙草のにおいと、古いレコードの低い音で満ちていた。客は、奥にひとり、白髪の男がいるきりだ。カウンターの中の主人が、私を見て、すこし驚いた顔をした。

「いらっしゃい。よく、こんな日に」

「すみません、開いてますか」

「開けてますよ。どうせ、来やしないが」と主人は笑った。「警報の日に開けてる喫茶店と、警報の日に来る客と、どっちもどっちだ」

その言い方が、おかしかった。私は窓ぎわに座って、ブレンドを頼んだ。

奥の白髪の男は、競馬新聞を広げていた。今日はどこも開催中止だろうに、と思ったが、男は赤鉛筆で、熱心に何かに丸をつけている。来週の分を、いまから読んでいるらしかった。中止になった今日のレースではなく、まだ来ていない来週を。その背中を見ていたら、なぜだか、胸のあたりが、すこしゆるんだ。

ブレンドは、濃くて、熱かった。

私は、両手でカップを包んで、窓の外の雨を見ていた。家には、たぶん、夕方まで帰らない。帰れば妻は「ずぶ濡れじゃない」と言うだろうし、私は「開いてる店、なかなか無くてさ」と言うのだろう。その会話の、嘘ではないが本当でもない感じを、私はもう、何度もくぐってきた。

けれど、いま、この店にいるあいだだけは、私は「家にいない」という、はっきりした場所にいた。

働いていない、という宙ぶらりんは、家にいると、際限なくにじむ。どこからどこまでが許されているのか、線が見えない。ところが、警報の出た雨の街には、線がある。家か、外か。濡れているか、乾いているか。開いているか、閉まっているか。その単純さが、半年ぶりに、私の足の裏に、地面の固さを返してきた。

「もう一杯、いいですか」

私は主人に言った。帰る理由が、まだ見つからなかったからではない。帰らない理由が、いま、この濡れた靴と、濃いブレンドと、来週を読む男の背中のかたちで、ちゃんとそこにあったからだ。

主人は黙ってうなずいて、もう一度、豆を挽きはじめた。雨は、まだ、しばらく止みそうになかった。