「話がうまい人」というのが、長いあいだよく分からなかった。
「声がいい」とも違うし、「頭がいい」とも違う。「説明がうまい」と言ってみても、不思議と納得感が薄い。話がうまい人はたしかにいるのだが、なぜうまいのかを言葉にしようとすると、急に輪郭がぼやける。
あるボイストレーナーの方、ある評論家の方、それから罪を犯した少年たちを長く相手にしてきたある元法務教官の方。3 名ともそれぞれ違う角度から話し方の話をしているのに、並べてみると、話し方には 3 つのまったく別々の話 が混ざっていることが分かる。
声、言葉、相手の見方。
順に書いてみたい。
1. 声
その方が言うのは、声は 体の使い方 の問題だということだ。
具体的にはこんな話だった。
- 口を「ポーン」と開けて、のどちんこが見えるかを鏡で確認する
- 鼻の骨を触りながら声を出して、ビリビリしているか確かめる
- 「あー」と発声したときに、胸がビリビリしているか確かめる
それだけだ。
「自信を持って」とか「気合いを入れて」とか、そういう言葉は一度も出てこない。全部、体のどこをどう動かすか という話に置き換えてある。
これは助かる、と思った。気合いというものは、年齢とともに簡単には出なくなる。性格を変えなくていい、体の使い方の話に翻訳されているのだから、毎朝、鏡を見ながら「あー」を出すくらいから始められる。
声の良し悪しというのは、思っていたよりずっと、性格よりも体に近いところにあったらしい。
2. 言葉
その評論家の方が言うのは、もう少し頭のほうの話だ。
長いあいだ、「うまく話せない」のは「言葉を知らないから」だと思っていた。難しい単語をたくさん仕入れれば、話は上手くなるのだろう、と。
ところが、その方はこう言う。
言葉にするというのは、完璧に説明することじゃない。自分の心の中をざっくりと描く ことだ。
その方はディズニーランドの地図に例えていた。あの地図は、本当の地形とは違う。それでも誰も困らない。ざっくり描けていれば、それで十分役に立つ という話だった。
完璧に伝えようとするから、口が動かなくなる。
「面白かった」で止めない。「どこが 面白かったか」を、一個だけ口にする。全部を一度に伝えようとしない。これだけのことだ。
それから、こんな話もしていた。
- 一回の説明は 7 秒以内 に収める(人間が集中して聞ける時間はそれくらいだ、と)
- 「〜と思います」と言うよりも、「〜です」と言い切る方が、相手には強く届く
要するに何を言いたいのかを、その一個に絞って最初に置く。残りは思い切って捨てる。それだけで、話の届き方はかなり変わるのだろうと思う。
3. 相手の見方
最後のその元法務教官の方は、また違う話をする。
罪を犯した少年たちと長く向き合ってきた方で、はっきり言うのはこういうことだった。
矯正の仕事は、相手を直すことじゃない。相手が「直りたい」と思える環境を整える ことだ。
これは一見、話し方の話ではないように見える。けれどその方は、配信のときも同じ姿勢で臨むのだという。
つまり、こっちが何を言うかの前に、相手がいまどっちを向いているのかを先に見る ということだ。
その方は、配信を始めるときも、最初の 5 分間は本題を喋らないらしい。聞いている人がいまどんな気分でいるかを、まず読む。そのうえで、話す内容を組み替えていく。
これは、声の問題とも、言葉の問題ともまったく別のことだ。声がよくて、要点が短くまとまっていても、相手の方向と違うところに投げれば届かない。話し方の話に見えなかったものが、実は 3 つの中で一番大きいのかもしれない。
まとめ
3 名の話を並べると、こういうことになる。
- 声:体の使い方の問題
- 言葉:一個だけ伝える練習
- 相手の見方:話す前に、相手の方向を見る習慣
「話がうまい人」というのは、たぶんこの 3 つを全部やっている人のことなのだろう。
ありがたいのは、全部一気に上手くなる必要はない ということだ。3 つは別々の話だから、できるところから一個ずつ取り組めばいい。
そしておそらく、一番遠回りに見えて一番効くのは、3 番目の「相手の方向を先に見る」ところなのではないか、という気がしている。声と言葉の前に、まずそこを直さないと、上の 2 つは全部宙に浮いてしまう。
参考にした動画
- あるボイストレーナーの方「通る声になるルーティン」 — https://www.youtube.com/watch?v=I49jQSaSU1Y
- ある評論家の方「言語化術と話し方の3原則」 — https://www.youtube.com/watch?v=8FHo4BKf8hk
- ある元法務教官の方「伝わる話し方」 — https://www.youtube.com/watch?v=tZN-lCkuUrk