海岸沿いを走るようになってから、毎朝だいたい同じところで、同じおじさんを見かける。

防波堤の切れ目のあたりである。右に海、左に古い低い建物が並び、風の強い日は塩のにおいが少し濃くなる。そのあたりを通るころ、おじさんは青い自転車に乗っていたり、灰色のTシャツで小さく腕を振っていたりする。日によって、自転車だったり、ジョギングだったりするのである。

ただ、どういうわけか、体つきだけが変わらない。

私はべつに他人の体型を気にするほうではない。けれど、毎日見かけるとなると話が少し違ってくる。こちらは走るたびに息が上がったり、脚が軽い日と重い日があったりして、すこしずつ昨日の続きでできている。ところが、そのおじさんだけは、きょうも昨日とまったく同じ幅で現れるのである。

自転車の日も、走る日も、変わらない。

胸の前で揺れるタオルも、腹のあたりの丸みも、頬のつやも、どうも少しも細くなっていく気配がない。むしろ、あれほど毎日出てきているのに、なぜひとつも削れないのだろうと思うと、だんだんそちらのほうが気になってくる。

ある朝、私は少しだけ速度を上げて、おじさんを追い越してみた。ジョギングの日だった。横を過ぎるとき、息づかいはたしかに聞こえたし、靴底の打つ音もした。汗もかいている。だから生身なのだろうと思う。だが、追い越して二十歩ほど先へ出てから、何気なく振り返ると、おじさんはもう少し後ろにいるはずなのに、なぜか防波堤の切れ目のところに戻っていた。

私は立ち止まらなかった。立ち止まると、こちらのほうが何か見間違えたことになってしまいそうだったからである。

それ以来、海岸沿いを走るたびに、私はまずあの切れ目を見るようになった。

おじさんはだいたいいる。青い自転車の日もあるし、ジョギングの日もある。けれど、どちらの日でも、その幅だけはまったく同じで、海風にも時間にも少しも削られない。あのあたりを通る人の中で、いちばん運動しているように見えるのに、いちばん変化の気配がない。

このごろは、あのおじさんが痩せないことよりも、毎朝きっちり同じ幅で現れることのほうが、少しこわい。