雨は夕方から降っていて、窓の外の室外機に、細かい粒の音を立てつづけていた。
私は卓の上に小さな酒の瓶を置き、その横でアコースティックギターを抱えていた。三月から触っているくせに、いまだに指は思うように動かない。とくに和音の移り変わるところで、左手がいつも少し遅れる。酒を飲みながら弾けば、少しは肩の力も抜けるかと思ったのだが、うまくいかないものは、やはりうまくいかなかった。
雨の夜には、弦の音が少し近くなる。
うまく押さえられないまま鳴らした和音は濁り、その濁りが狭い部屋の中に薄く残った。私は一口だけ酒を飲み、もう一度同じところを弾いてみた。すると、今度は指を離したあとのほうで、もう鳴り終わったはずの弦が、かすかにひとつ震えた。
気のせいだと思った。
私はそのまま、いくつか知っている形だけを順に押さえてみた。どれも不完全で、どこか一音足りないような響きしかしない。けれど、間違えるたびに、少し遅れて、部屋の隅から正しい場所を教えるような音が返ってくるのである。
それは大きな音ではなかった。濡れた糸を爪でそっとはじいたような、小さな、しかし妙に澄んだ音で、私の指ではまだきれいに出せない響きだった。
気味が悪くなって、私はギターを膝から下ろした。壁に立てかけ、残っていた酒を飲みきって、灯りを少し暗くした。すると、そのときである。
誰も触れていないはずの六本の弦が、順に、静かに鳴った。
それはさっきまで私が何度やっても失敗していた和音で、雨の音の向こうから、見本のように正しく響いた。
私はしばらく動けずにいた。
いまでも雨の夜にだけ、練習のあとで一度だけ、ギターがひとりで鳴ることがある。だから酒はもう控えるようにしたのだが、あれが酔いのせいだったのかどうかは、まだわからない。